for God’s sake



<3>



駅に着き、モノレールに乗り換える。
競馬場前駅まで、約10分。
先輩も競馬場は初めてらしかった。
ふたりでうきうきして遠足みたい。
駅に降り立ってびっくりした。
ぼくが想像していたものとは全く違っていた。
どこかのアミューズメントパークみたいな、清潔でお洒落っぽい建物。
おじさんばかりだと思っていたのに、カップルや家族連れで溢れている。
どこからか馬のいななきが聞こえてきた。
「まだ、5レース間に合うな。パドック行こうパドック!」
パドック?何だろ・・・?
そこは小さな円形の運動場みたいで、真ん中に芝生、そのまわりをおじさんに引かれた馬がくるくる周回している。
ぼくたちは、一番前の柵に身を乗り出すようにもたれかかった。
ぷ〜んと漂うにおい・・・これって馬の糞だよね・・・?
よく見るとところどころに、それらしきものが散らかっている。
なのに、馬はうまくそれをよけて歩くんだ。
「ここで、次のレースに出る馬を見るんだ。歩き方とか毛ヅヤとか馬体の張りとか見るポイントがあるらしいけど、おれも初めてだしよくわかんね」
わからないと言いながらも、新聞と馬を交互に見て、真剣そのもの。
ぼくは、馬を眺めていた。
サラブレッドって奇麗なんだ〜
何万頭と生まれるサラブレッドから、中央競馬でデビューできるのはほんのわずからしい。
その選ばれし者たちに、ぼくは目を奪われた。
ピカピカに光った身体。しなやかな首。そして優しい目・・・・・・
なんて優しい目をしているのだろう。
そこに映るすべてのものを優しく包みこむような、濁りのない澄んだガラス玉のような鳶色の目。
そして、大きな身体に細い細い脚。
走ると一本の脚に、何トンもの負担がかかるそうだ。
ぼくは、さっき先輩が話してくれた、レース途中で骨折した馬のことを思い出した。
彼らは、いったい何のために走っているのだろう?いつ事故が襲いくるかわからないのに!





―――走るために生まれてきたから走るのさ―――





そう聞こえた気がした。
視線の先の、ある1頭の馬と目が合った。その優しい瞳にぼくは捕らえられた。
おじさんに引っ張られ、目の前を通りすぎていく。
『 5 ゴッドオブチャンス』
ゼッケンにはそう書かれていた。
「先輩、5番の馬・・・」
「5番?・・・ゴッドオブチャンスか・・・麻野が好きそうな名前だな。これは、2歳の牡馬。今日がデビュー戦か・・・」
「2歳?ぼば?」
「そう、オトコってことだ。サラブレッドはね、2歳の夏から順番にデビューするんだよ?これは、新馬戦だから、みんな生まれて初めて走るんだ」
そうか・・・今日初めて走るのか・・・・・・
ぼくは今、いちばん遠く向こう側を歩いているその馬を見た。
走るために生まれてきたから走る・・・・・・
その歩く姿は、どの馬よりもとっても威風堂々としていた。
再びぼくの前を通り過ぎる。
また、目が合った・・・気がした。





―――ぼくの晴れ舞台だ!見てろよっ!―――





瞳がそう語っていた。
ぼくは、とても気に入った。
あくまでも優しい、そしてその瞳の中に宿る熱いモノを感じて。
「先輩、ぼく、アイツがいいです!」

                                                                       

※ゴッドオブチャンスという馬は実在しますが、全く関係ありません。
適当に付けた名前なのに、実在してびっくりでした〜




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